猫ひろしの国籍はなぜカンボジア?帰化決断の真相とリオ五輪裏側
猫 ひろし 国籍をめぐる騒動は、日本のエンターテインメント界と世界のアスリート史が鮮やかに交差した異例のドラマとして、今なお語り継がれている。本名・滝沢昇平。かつて赤ジャージ姿で「ニャー!」と叫び、バラエティ番組を賑わせていた小柄なギャグ芸人が、なぜ住み慣れた日本を離れ、東南アジアのカンボジアへと籍を移したのか。リオデジャネイロオリンピックで感動的な完走を果たしてから年月が流れた現在も、彼が踏み切った決断の背景と真実に対する関心は絶えることがない。
単なる話題作りや売名行為と切り捨てるには、彼が放った情熱と積み重ねた走行距離はあまりにも膨大だった。一連の猫 ひろし 国籍変更劇の裏には、一人のタレントが純粋なアスリートとして世界最高峰の舞台を目指した壮絶な覚悟が存在する。なぜ日本代表ではなくカンボジア国籍を選んだのか。そこには二国間の法律上の条件や厳しい選考規定、そして批判を跳ね返した愚直な努力があった。
猫ひろしの国籍はなぜカンボジア?帰化決断の真相と法律上の条件

お笑い芸人として活躍していた猫ひろしが、国籍変更という極端とも言える選択肢を視野に入れた背景には、アスリートとしての冷酷な現実があった。日本国内のマラソン層は世界屈指の厚さを誇る。市民ランナーから本格的に練習を重ね、サブ2時間30分を切るレベルへ急成長を遂げた彼であっても、日本の五輪代表枠を争うトップ実業団選手たちの壁を打ち破ることは極めて困難だった。
そんな折、彼の並外れた走力と話題性に目をつけたのが、カンボジア陸上競技連盟関係者だった。当時、陸上競技の発展途上にあったカンボジアでは、国際舞台で国旗を背負って走る力のあるマラソン選手を求めていた。こうして両者の利害と情熱が一致し、帰化の手続きが具体化していく。
法律上の条件として、カンボジアにおける国籍取得には通常、長年の居住実績や言語能力などが求められる。しかし、同国の国籍法には国王の恩赦や国家への特別な貢献を前提とした「特別帰化」の規定が存在した。猫ひろし(本名:滝沢昇平)は、スポーツ振興と将来的な国際大会での貢献を期待される形で、この特例措置の適用を受け、2011年に正式にカンボジア国籍を取得するに至ったのである。
ロンドン五輪断念の波紋とリオデジャネイロ五輪出場の舞台裏

しかし、夢の舞台への道のりは決して平坦ではなかった。2012年のロンドンオリンピックに向けてカンボジア代表に内定し、歓喜に沸いたのも束の間、国際オリンピック委員会(IOC)から厳しい勧告が突きつけられる。過去に国際大会での出場実績がない帰化選手に対し、「国籍取得後1年以上の居住実績」または「継続的な活動期間」を求める新規定が浮上したのだ。
結果として、ロンドン五輪への出場権は直前で潰えた。日本国内からは「安易な国籍変更に対する罰だ」といった批判の声も上がり、一時は失意の底に突き落とされた。だが、彼の足は止まらなかった。絶望を飲み込み、黙々とトレーニングを継続。カンボジア現地でのレースに出場し続け、実績と居住実績の実態を積み重ねていった。
挫折から4年後、2016年のリオデジャネイロオリンピック男子マラソンにて、彼はついに念願の五輪出場の切符を掴み取る。本番のレースでは酷暑とタフなコースに苦しみながらも、139位でゴールイン。参加選手中、最下位に近い順位ではあったものの、最後まで笑顔を絶やさず両手を突き上げてフィニッシュする姿は、現地ブラジルの観客や世界中のメディアから温かい拍手で迎えられた。
TBS『オールスター感謝祭』から始まっていた男子マラソンへの本気度

猫ひろしのマラソン人生の原点を辿ると、TBS系列の看板番組『オールスター感謝祭』の名物企画「赤坂5丁目ミニマラソン」に行き着く。当初は番組を盛り上げる一幕に過ぎなかったが、心臓破りの坂を驚異的なスピードで駆け上がる姿が周囲の度肝を抜いた。
お笑い界の先輩や共演者たちが笑いから驚嘆へと変化していく中、彼は本格的な陸上トレーニングを開始。テレビのバラエティロケの合間を縫い、月間数百キロを超える猛烈な走り込みを課した。スポーツ界の専門コーチからも「精神力と心肺機能は本物のアスリート」と評されるまでになり、男子マラソンという過酷な競技に人生を賭ける腹をくくったのだった。
お笑い芸人が見せる「本気」は、やがてエンタメの枠組みを超え、アスリートとしての矜持へと昇華していった。『オールスター感謝祭』での走りは、単なるタレントの特技披露ではなく、オリンピアン・猫ひろしが誕生する起点となる重要な一章だったと言える。
「国籍買収」批判を跳ね返した現地カンボジアでの地道な活動
国籍変更が発表された当初、日本や一部の海外メディアからは「五輪出場の資格を金や知名度で買ったのではないか」という厳しい批判が相次いだ。しかし、彼が現地で見せた行動が、そうした雑音を少しずつ打ち消していく。
彼はカンボジアの若い陸上選手たちへ自費でシューズやウェアを寄付し、現地の練習環境の改善に尽力した。また、カンボジア国内の主要マラソン大会に何度も足を運び、現地の人々と共に汗を流した。単に「五輪に出るための手段」として国籍を利用したのではなく、一人のカンボジア人アスリートとして同国のスポーツ発展に誠心誠意向き合ったのだ。
その地道な貢献姿勢は、カンボジア陸上競技連盟や現地国民の心を動かした。リオ五輪の代表選考時、現地では「彼こそが我が国の代表だ」と温かく後押しする声が大多数を占めるようになっていた。
2026年現在の活動状況:YouTube発信と最新の走力、次なる挑戦
リオ五輪から10年が経過した2026年現在も、猫ひろしの走ることへの情熱は少しも衰えていない。40代後半を迎えた現在も日々のトレーニングを欠かさず、驚異的な走力を維持している。市民ランナーとしてのフルマラソン記録においても、いまだにトップクラスのタイムを叩き出す凄まじさだ。
現在の活動の大きな軸となっているのが、自身のYouTubeチャンネルを通じた発信活動だ。効率的なランニングフォームの解説や、長年培ってきたトレーニング論、さらにはカンボジアの魅力を伝えるコンテンツなど、多岐にわたる動画を発信している。彼の明るい人柄と実証された知識は、多くのランナーやファンに勇気を与え続けている。
さらに彼は、マスターズ陸上への挑戦や、カンボジアと日本を結ぶスポーツ交流イベントの主催など、新たな目標に向かって走り続けている。年齢の壁を言い訳にせず、自らの足で新たな道を切り拓く姿は、2026年の今もなお進化を止めていない。
お笑い界とスポーツ界を繋いだ「猫ひろし」という唯一無二の生き様
一芸人の突拍子もない挑戦として始まった物語は、結果として国境やジャンルの垣根を取り払う大きな足跡となった。お笑い界で磨いたサービス精神と、スポーツ界で鍛え上げた不屈の魂。そのふたつが見事に融合した生き様こそが、猫ひろしという存在の真価である。
カンボジア国籍を取得し、バッシングを受けながらも自らの選択を正解へと変えていった彼の歩みは、他人の評価に惑わされず意志を貫くことの大切さを物語っている。赤ジャージを着て笑顔で走り続ける彼の姿は、これからも多くの人々に挑戦する勇気を与え続けるはずだ。 (出典: 猫 ひろし 国籍(Yahoo!ニュース))